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もりおかの坂 その122

もりおかの坂 その122 岩手大学の弓道坂<仮称>


岩手大学。
ボクにとっては、なんとなく遠い存在。
出身というわけではないし、日常の生活圏ではないし。
それでも、たまに足を踏み入れてみれば、それなりに懐かしい気持ちになれるところ。
あんな時代があったよな・・みたいな。学生たちを見ているとそう思います。

西下台から岩大をみると、校舎は少し高い場所にあるのがわかります。
いわゆる、「下台」と「上台」の関係がもろにわかるというか。
絶対、坂があるはずと探してみたら、なかなかの好坂が存在していました。

最初は、農学部から自啓寮へ下っていく坂です。
短いながらも、まっすぐで一途な感じが好感をもてます。
緑豊かな周辺の風景もその風情を高めているのではないでしょうか。

070929kyudosaka2.jpg

わかりにくいかもしれませんが、坂とともにあるのが弓道場。
もし生まれ変わったら、やってみたいスポーツの一つが弓道です。
なんとなくかっこいいよねと思いつつ、すれ違いながら見ていました。
実際は結構大変らしいですが・・。

岩大の弓道部は、今年のインカレで個人優勝をしたというから、なかなか強いみたいです。
そんなことは最近知ったわけで、この坂を通ったときはただその場所があるなと思っただけですが。

この坂の先にある自啓寮・同枹寮も興味深いところですが、
やはり、ここは「弓道坂」なのかなと。
とりあえず、そんな名前を仮置きしておきます。
もし、岩大関係者の方で「名前があるよ」という情報があれば教えていただければ幸いです。

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コメント

元自啓寮生様
私も自啓寮にいました。20年前、、、、くらいです。
昭和58年入学、今は無き「農化」です。

本当に懐かしい風景ですね。

思い出
私のとっては、普通の岩手大学の坂ですけど
ここで過ごした人とっては、思い出がしっかりと染み込んでいる場合もあるんですよね。
しんみりと読ませていただきました。
元自啓寮生
ほんとに懐かしいです、この風景。私が約20年前に寮生だった頃と変わりません。卒寮したけど卒業できなかったこと、そのあと西下台のボロアパートに住んでこと。上田通り、特に光楽園で朝までよく飲んだなぁ、その行き帰りにも通る坂。
あの頃、1日1往復以上していた坂ですから私にとって、いろんな記憶がよみがえる坂です。
自啓寮に
自啓寮につながる道でしたね。
繁茂する茂みが年月を感じさせます。

友達の彼女が弓道部でした。
今は二人結婚して幸せに暮らしてます。

本当に懐かしいなあ~
変な事書いちゃいました
すみませんでした。
昼間お邪魔してたら「おぉ~、懐かしい!」で済んだと思うのですが、
夜中に一人で拝見していて突然昔と変わらない景色に出会って、
思い出さなくてもいい当時の記憶がぶわぁぁぁぁぁっと。
あの時に手を伸ばしていたらどうなっていたのかな・・・とかとか。
あぁ、ダメですね、夜中はw
学食のバンバンジー麺、美味しいですよ(まだあるのかな?)

つながり
自分の体がひとつしかないとすれば、
生まれたときから、ここまで、通り過ぎた空間はひとつの糸でつながっているのですよね。
Qさんのコメントを見て、そんなことを考えたりしました。

でも、突然飛ぶようにその場所へ行けば、そのつながりの間の距離は長いわけですから
やっぱりギャップみたいなものを感じるのは、あり得るのかなと。
防空壕
防空壕があったんですね。知らなかったなあ。
段差があるところだから、適地だったのかしらん。
書き忘れていたのですが、坂を上がった場所の角には羊がいました。
小岩井に行かなくても、手軽に味わえるのかななんて思ったりもして・・。
忘れていた景色
だけども確かに記憶に残っている風景。
あの時にこの場所に居た「私」と、今ここに居る私。
本当に繋がっているのだろうかと、ふと思ったりしました。

防空壕
またまた、変わってないですね。小学校のときこの近くで(大学の中で)毎日と言うくらい野球をしてたことがありました。この坂を上ったすぐ左に防空壕がありまして、順番にひとりづつ入ったりして。真昼の肝試しですね。

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