FC2ブログ

060129 明治橋

1月29日(日)くもりや晴れ


明治橋まで来ると、岩手山がいた。
まともな姿を見るのは、久しぶりのような気がして、シャッターを何度か切る。
駅前のタワーマンションはなんとも微妙な位置で立地していることをここから見るとわかる。
北上川は水は少なく、それほど多くない白鳥たちが人間と戯れる。

もっとありのままでいいんだと言う。
その「ありのまま」が見えない。

支えって必要で、この山は僕にとってそのひとつであることは間違いない。

060129senboku1.jpg

仙北一丁目は県道を挟んで、違った顔を見せる。
青物町を中心としたエリアは、時代に取り残されたそんな感じをさせる。
その南側の金沢林業付近は奥深く入っていくと、新しいアパートもあったりするが
行き着くところがない道があったりして、なかなか深い。

県道を渡って、岩手川界隈。
こちら側は2つの番地だけで構成される。
墓地から見る蝶ヶ森もいいものだ。

○県高校総体の総合開会式に見直し論
○「もりおか雪あかり2006」は2月2日~4日

http://iwatelife.ashigaru.jp/index.html
→松園一丁目、松園二丁目、大慈寺町追加しました。よろしければ

この記事のトラックバックURL

https://iwatelife.blog.fc2.com/tb.php/384-dbb0a82a

コメント

岩手山
私にとってもこの山はささえです。
でも 岩手・姫神・早池峰山相関図伝説を知った時は
(2種類聞いたのですが私は「姫神山追放説」支持派です)
 神々しい山に、そんな話を創るなんて、昔の人ってなんて大らか!とおもいました。
 岩手山を見上げた時、その伝説を思い出すと
気になるヒトの悪い噂を聞いた時のようなちょっとビミョウな気持ちになったりして(笑)

 
小岩井
昭和50年代後半~60年代、仙台市の普通の市立学校の場合
小6 会津若松(修学旅行)
中1 平泉
中2 (記憶喪失)
中3 東京、日光(修学旅行)
   遠足は小岩井農場
→小岩井で岩手山がきれいに見えたんですよねえ・・。
 それが今でもここに住む決め手になったのかなと思っています。

山は泉ヶ岳には登った記憶はありますが・・。
選んだ理由
結構、そんな単純な理由だったりするかもですよね。
レベルは違いますが、アパートを決めるときとか、風景が決め手になることもあるし。
じゅんさん説に便乗すれば、姫神山もいい感じで見えるので、「こりゃいいよ」となったのでは?
岩手山(補足)
 小学校1年:岩山

 1950年頃といえば、車も少なくて歩道はなくても道路を行列作って歩くことができたのです。

 中学校1年:平泉にも行ったなぁ。
岩手山
 1950年頃の遠足メニューです。櫻城小・上田中の場合。
 小学校2年:汽車に乗って小岩井駅まで。駅から牛舎まで徒歩。
 小学校3年:汽車に乗って区界駅まで。駅から兜明神まで徒歩。頂上はこわくて立てなかった。
 小学校4年:汽車に乗って好摩駅まで。駅から姫神山まで徒歩。
 小学校5年:どこに行ったかなぁ。
 小学校6年:宮城県渡波海水浴場、臨海学校。
 中学校1年:厨川の種畜牧場まで歩いたなぁ。
 中学校2年:岩手山登山。病気で行けなかった。前夜から歩くのです。
 中学3年:修学旅行・札幌まで。

 「汽車」はアノ汽車ポッポです。「遠足」とはホントに歩くものでした。
支え
「南部の殿様は、岩手山がいちばんきれいに見えるところに城を築いた」とぼくは思っているのですが、歴史学者からは当然無視されます(実はぼくも岩手山は登ったことがありません)。
岩手山
実はまだ登ったことがありません。
盛岡へやってきて、しばらくして地震があり、長らく禁止になって、そのままです。
姫神もまだです。どちらかには登りたいです。
根っこ
岩手山、自分にとっては根っこ
岩手山のある風景は盛岡の最大の宝物なんだけどなぁ。
なんかもう自分が生きているうちは微妙な風景のままというのもなんだかなぁ。
大人になるっていうのはいろんなことを自分に納得させてゆくことなんすかねぇ?

まるとさん、岩手山に登ったことありますか?
是非一度7月の下旬頃にでもどうぞです。
コマクサの花が最高です。人生観変わります。
宮澤賢治が何度も登った意味が納得できました。

コメントする

管理者にだけ表示を許可する

Template Designed by DW99