FC2ブログ

070414 岩手焼踏切

4月14日(土)ほとんど雨


盛岡の踏切界では、やはり山田線に味わいがあるのがそろっている。
山岸駅をはさむ2つの踏切は、その代表格でもあろう。
人だけのためにある、それも細い人のためにみたいな「山岸踏切」。
そして、名前が想像をかき立てる「岩手焼踏切」。
車が渡ることができる分だけ、こちらのほうがお役立ち度は高いだろう。
「岩手焼」は確かにあったようだが、どのへんにあるのか未だに見つけられない。

070414yamagishiyakuten.jpg

基本的には雨が中心の一日だった。
睡眠をむさぼり、県民会館でピアノを聞いて、山岸あたりをさまよう。
バス通りを通っただけだが、
僕の中で山岸を通るときしていることは・・

・食糧事務所あたりから山岸へ入ったなと確信する
・山賀屋食堂の交叉点から、かつての5連荘長屋が健在かどうか確かめる
・川代魚店から御弓町の入口を見る
・小学校入口交叉点のお店で紅白帽が売っていることを確かめる

ここから先は気分次第。行きたいところへ行くだけ。

070414kenminkaikan.jpg

最後に県民会館で見つけたドア。
「ギャベージ」とだけ書かれている。
文字も一昔前のフォント。
単語の意味を知らないと、なかなかミステリアスな入口に思えたけど、いかがでしょうか。

○内丸周辺の商店主たちが県庁の昼休み短縮の見直しについて2度目の申し入れ(13日)
→今回は裏手の大手先も参加
○盛岡の人口 300,215人(3月1日現在 対前月比92人減)

この記事のトラックバックURL

https://iwatelife.blog.fc2.com/tb.php/843-18fa4fe0

コメント

素敵な記憶ありがとうございます
おでってあたりは古いお店もありましたもんね。
素敵な記憶ありがとうございます。
こういうのを残しておくのはホント大事です。
何かに書き留めておいていただければと思います。

しかしうまそうですね。食べたいなあ・・。
中の橋のたもとのオヤジ
たしか「大あん巻」という、お焼の生地を平たく焼いて
餡を巻いたものが売ってたような記憶があります。
20円だったとおもいます。うまかった。
昭和40年頃・山賀橋線中央バス
小学校1、2年の頃だったか、3つ上の姉と一緒に、毎週日曜日、山賀橋線中央バス・東北電力前~下の橋に乗って、岩手公園の下の橋側の石垣の下にあった当時の市立図書館での図画教室に通った思い出があります。
当時のバス代、こども料金で10円か20円だったですよ。
天気のいい日は、帰りはがんばって歩いて帰ってきて、浮いたバス代で、中の橋のたもとでおじいさんが焼いてたお焼き(今川焼き)を買って食べたりしました。
岩手焼
>あーかーさん
山岸は坂道関係の取材もあるので、今年は比較的足を運ぶことになりそうです。
また来月あたりに。

下米内も微妙に良い場所ですよね。
寺並の住居表示地区のはずれあたり、田んぼが見えるところがやはり好きです。

>ろうばいさん
岩手焼は、今の山岸三丁目に当たる場所で作られた焼物です。
それが踏切名の由来になっているかと思われます。

山岸駅から東京へ。なかなかしぶい旅ですね。
いつか汽車で山岸駅を訪れてみたいものです。
山賀橋
一定の期間、あの場所がバスのターミナルだったとは信じられません。
山岸側に不自然な空間がありますが、乗り場だったんでしょうか。
山賀橋は中津川の橋でもシンプルな感じが好きです。
岩手焼踏切
どうして「岩手焼踏切」って言うんでしょうね~
この踏み切りは 旅(関東⇔盛岡)の基点です
ヤレヤレ着いたー!と さあ!日常に帰るんだー!と

で 狭い踏切り 名前があったんですか~
(内緒ですが 偶にここに履物が揃えてて・・・・)
山岸駅って姉んちの駅みたいなものです~

いつもこっそりお邪魔してます~いろいろありますね・・・
懐かしい。
3年前まで下米内に住んでいました。
山岸~懐かしいです。
画像も文章もすごく懐かしい気持ちでいっぱいです。

盛岡の町、大好きです。
バス路線と山賀橋
なぞが解けました、ありがとうございます。当時の附属小学校校庭での放課後の出来事ですから、バスが見えたら校庭での遊びを即やめてランドセルを引っつかみ、バス停までダッシュする合図の呼びかけだったのですね。見張りがいたのかも。山岸⇔加賀野間だけのバスなんて、あるわけないですよね・・・近すぎますから。今度、盛岡に行ったとき、山賀橋を訪ねてみます。
昭和40年頃の中央バス
「図説 盛岡四百年 下巻1」(郷土文化研究会)に、昭和40年頃の中央バス路線図が載っています。
それによると、
・本町線 盛岡駅~本町廻り~山賀橋間
・下の橋線 盛岡駅~下の橋廻り~山賀橋間
となっています。

バス停名はこんな感じになります。
盛岡駅、開運橋、大正館前、労働会館前、岩手女子高校、下ノ橋、上衆小路、信用金庫前
高与旅館前、呉服町、東北電力前、紙町、内加賀野、第二高校前、天満宮前
岩山口、附属中学前、外加賀野、大日如来前、御持筒町、山賀橋

山賀橋、山岸、食糧事務所前、文化橋、下小路、市立高校前、油町、本町、小林旅館前
土沢屋前、八日町、四ツ家、仁王小学校前、上盛岡駅口、三戸町、仁王小路角、新山小路
原別邸角、開運橋、盛岡駅

2つでいわゆる環状線を形成していたわけです。
山賀橋行きのバス(2)
 昔、盛岡駅始発だったと思うけれど、三戸町経由と菜園経由の山賀橋行きバスがありました。終点の山賀橋では一旦降ろされたと思うけど、そのまま盛岡駅行きになるという環状ルートのバス路線でした。いつ頃まであったのかはわかりません。
山賀橋行きのバス
二年ほど前まで、両親が山岸に住んでいました。懐かしいなぁと思いながら読み進むと、「山賀」の文字。山賀橋ってありますよね。小学校のころ、帰りにバス利用をしている子達の間で、そのバスが来ると「や~まが~ばしゆき、き~た!」行ってしまうと「や~まが~ばしゆき、い~った!」と大声で叫びあうのが流行っていました。バスに乗らない子も混じって、やまがばしだか、やがまばしだかもわからず、楽しげに叫んでいました。今思うと『山賀橋』、山岸⇔加賀野間のバスだったのでしょうか?乗ったことがないので、わからずじまいです。

コメントする

管理者にだけ表示を許可する

Template Designed by DW99